基本情報
タイトル:海賊とよばれた男
公開年:2016年
上映時間:145分
監督:山崎貴
出演:岡田准一 / 綾瀬はるか / 吉岡秀隆
ジャンル:ドラマ
ストーリー紹介と感想(ネタバレあり)
最近プライムビデオにない映画を近くのGEOで借りてはみてるんですが、Twitterで「海賊とよばれた男」がお薦めという情報を見たので借りてきました。ホラー映画以外邦画をあまりみないので名前知ってる程度なんですが去年の12月に公開されたばかりの映画だったんですね!もっと古いと思ってたんですが、原作は2012年発行だったからどこかで見たことあったのかな?
歴史に疎くちょくちょく聞きなれない単語などがでてくるため初見は「はえ~」みたいな感じで黙々と見てたんですが、折角だから自分なりに調べた歴史などを踏まえながら以下、ネタバレありでストーリー紹介しつつ感想を書いていこうと思います。一度視聴済みで、私と同じように歴史に明るくない方は以下を読んでいただければ「海賊とよばれた男」について以前より深く理解できる…かもしれません!(願望)
ちなみにこの映画フィクションなのかノンフィクションなのか気になって調べてみたら、史実をもとに作っているフィクション作品のようですね。登場人物はほとんど実在していませんがモデルはいるらしく本作の主人公である国岡鐵造は出光興産創業者の出光佐三さんがモデルのようです。
さて、開幕はアメリカが日本に空襲攻撃をしかけるところから。日本兵は出撃しようにも燃料が足りず2機のみでの出撃となり当然撃墜され、火の海と化している本土へ飛行機は墜落するところから始まります。
東京が燃え行くのを遠くから見つめるのは本作の主人公「国岡鐵造」。直後の日付でこれが第二次世界大戦の終わり間際だったことが判明します。この時の出撃シーンと鐵造が東京を眺めるシーンで火の海と化している東京が映るのですが不謹慎にもこの時の光景がとてもきれいです。
1945年8月17日、第二次世界大戦日本敗戦後、鐵造60歳。戦争で倒壊せず残っていた「国岡館」からようやく国岡鐵造の物語が始まります。鐵造率いる「国岡商店」は、主に石油を販売して商いをしていましたが戦争に敗れ、売れる石油がなくなったため鐵造は石統に行きます。
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「石統」について
戦時下に軍部が指導して作った国策会社「石油配給統制会社」の略称のようですね。当時石統に加盟していないと国内の石油を扱うことができず逆に加入すれば政府に認められた状態で石油を高値で売りさばくことができたようです。鐡造は石油配給統制会社のやり方には反対であったため国岡商店はこの石統に加入していませんでした。
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鐵造は石統を統率している鳥川氏に石油を融通してもらえないか頼み込みに行きますが、石統に加入していない国岡商店は当然断られます。「ならばせめて石統にだけでも加入させてくれ」と頼み込みますが、商売関係で石統に喧嘩うりまくっていたためこれも却下されます。
石油が手に入らないため、事実上国岡商店は商売ができなくなったわけです。石統を統率している鳥川氏は国内最大手の石油会社「日邦石油」の社長という設定ですが、日邦石油のモデルとなったのは日本石油のようです。
帰宅後、過去に思いをはせる鐵造…。海賊と呼ばれた男という映画は、現代編と回想という名の過去編を行き来しますがここで最初の回想が始まります。
1912年大正元年、鐵造が27歳の若さで商売をはじめるところからです。機械油を売りに飛び込み営業するも、どこにも相手にされません。回想で日邦石油下関支店で榎本さんと会話するシーンがあるのですが、この時はまだ日邦石油との関係は悪くなかったようですね。
榎本さんいわく、「この業界は新参者に厳しい」らしくそのため鐵造も新規の売り先を探すのに苦労しているようです。「今後石油の時代が来る!」と力説する鐵造を「夢みたいなこと言うな」と馬鹿にする榎本。
実はこの時後ろで聞き耳を立てているのが後に国岡商店の重役となる東雲忠司。初見のときは全然気づかなったんですが最初こんなところにいたんですね!東雲のモデルは石田正賓さん、後の出光興産三代目社長です。
商売がうまくいかず経営難に悩まされる国岡商店。事業を始めるにあたり出資をしてくれた木田章太郎氏に「見通しが甘すぎた」と鐵造は事業がうまくいっていないこと、借金は必ず返すことを海岸で木田氏に告白します。
この際木田が「貸した覚えはない、あれはあげたんや」というセリフを言うのですが、結局最後までこの木田さんが何者だったのか、何故鐵造に出資してくれていたのか作中で明かされることはありませんでした。というわけで調べてみたら、木田さんのモデルとなったのは日田重太郎という方のようです。
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木田さんのモデルとなった日田重太郎という人物
資産家で多くの土地をもっていたそうです。つまりお金持ちですね。その子供の家庭教師をしていたのが鐵造のモデルとなった出光佐三氏。開業資金がなく悩んでいた佐三に自らの資産のうち6千円の提供を申し出ます。当時の6千円は現在で換算すると1億円近くにもなる大金。この大金を、日田は「貸す」のではなく「貰ってくれ」と言ったそうです。
ただし以下の3つの条件を守る事が資金提供の条件でした。
・従業員を身内だと考え、良好な関係で付く合っていく事
・自らの考えを最後まで曲げない事
・自分(日田)が資金を提供した事を他人に言わない事
本作の鐵造が従業員を家族同様に扱い、信念を貫き通したのは資金提供した木田さんとの約束もあったからなんでしょうが作中その辺が掘り下げられていないのが少し残念ですね。
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作中の木田さんは終始糸くずのたくさんついた着物をきているためぱっと見とても金持ちにはみえませんがすごい資産家一族だったのです。
「仕事がなかったらつくればよろし」
「どうしてもやっていけなくなったら、その時はもう二人で乞食にでもなろか?」
後に冒頭で鐵造がいうこのセリフも、木田さんの受け売りみたいですね!
木田と会話後、鐵造はポンポン船をみて閃きます。漁船に灯油ではなく軽油を売ればいいのではないかと。日邦の軽油も全て買い集め、鐵造の「船だせー!」という掛け声とともに国岡商店の旗をかかげ、「油もってきたけ~!」と海へ油を売りに出ます。
実はこの時長谷部もでてきます。これも東雲同様初見は全然気に留めてなかったんですが、見直してみたら「こんなところに長谷部いたのか!」ってなりました。その後飛び込み入社という形で長谷部と東雲が国岡商店の店員になります。
鐵造が「海賊」と呼ばれ始めるのもこのあたりからですね。そして経営が立て直してきたこの頃に兄のすすめで鐵造は「ユキ」と結婚。
ユキと結婚し、経営が持ち直してきたこのあたりでようやく回想から現在へと戻ります。
1945年、銀座。
元軍令部通信課 海軍大佐の藤本と会うことになります。藤本より「GHQが情報を広めるためにラジオの普及を推進している」と聞かされ国岡商店に一緒に200万台のラジオ修理をしないかと持ち掛けられます。結果藤本と部下たちを吸収し、岡本商店はラジオ修理に手を出し始めます。
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作中何度もでてくる「GHQ」について
作中なんども「GHQ」という単語がでてきますがこれは「連合国軍最高司令官総司令部」の略であり、第二次世界大戦終結後、ポツダム宣言を執行するために日本で占領政策を実施した連合国軍機関です。代表はダグラス・マッカーサー。1952年4月28日のサンフランシスコ講和条約発効によって活動を停止するまで約6年半の間、実質的に日本を支配していたようです
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最初は銀行の融資も受けれず無理に思われたラジオ修理でしたが藤本が実演修理をすることで銀行から融資を受けることに成功。石油を売れない国岡商店をしばらく支えることになります。
そして丁度この頃に戦争に出ていた東雲たちも帰ってきます。その後石油の輸入を再開すべく、石統からおしつけられるような形で国岡商店は石油タンクの底に残るドロドロの石油を回収する業務を受注。人足も逃げ出すような仕事に東雲達従業員はもうやめたいと根を上げるが鐵造よりこの仕事を完遂しないと石油の輸入が再開されないと知らされ、「戦地よりはマシか」という思いで仕事に打ち込み始めます。
ちなみに人足とは重い物の運搬など力仕事をして生計を立てている人のことらしいです。石油の回収作業を始めてしばらく経ったころ国岡商店にほれ込んだ武知がこれまた飛び込み入社をしてきます。ちなみに武知のモデルは手島治雄氏で出光興産の専務です。
鐵造の即決即断により入社した武知は手土産として解散を直前に控える石統が後々GHQに提出する「石油取扱業者選定の要網案」の記載に、国岡商店を締め出そうとする一文があることを知らせてきます。
武知の密告により事前に問題を察知できた鐵造は武知に裏で動いてもらい、GHQから石統に問題の一文を修正するよう働きかけることに成功。東雲たちの努力も実り、石油の輸入も再開されることとなった。
石統はなくなり、国岡商店も無事正式な石油取扱業者に戻ることとなったが、輸入が再開されるということは他社との競争が始まるということ。鐵造は、外油メジャーが大きな敵になるであろうと予言する。そしてその戦いには絶対に負けられないとも。
と、ここでまた鐵造の回想が始まります。時はさかのぼり1917年。冬の(中国)満州鉄道に長谷部と共に赴く鐵造32歳。メジャーの油に勝つべく、メジャーの油で困っている点はないかと質問。満州はあまりに寒いため、油が凍ってしまうのが悩みだと聞きだすことに成功した。
それから1年かけ、鐵造達は凍りにくい円滑油を開発。他社合同の実証実験でも国岡商店の円滑油が一番であることを証明するが「メジャー(パシフィックス)の油を使わなければすべての取引をやめる」という脅しに満州鉄道は屈し、結局国岡商店の油は採用されませんでした。
更に悪いこと続き、鐵造が日本へ帰ると妻のユキの姿はなかった。手紙には鐵造が仕事で忙しく一人が寂しかったこと、子供もできず寂しさが紛れなかったことなどが書き綴られていました。恩師の木田さんに結婚報告をする際、助言を求める場面がありましたが
「嫁は夫の苦労を、夫も嫁の苦労を一緒に背負っていければうまくいく」
ということが、お互いできていなかったのかもしれませんね。
ここで少し回想が飛び、次の時代は1941年12月。太平洋戦争勃発後の1942年、鐵造57歳の時の事。陸軍の中原に呼ばれ、「南方石油政策」という書類に目を通す事になる。石統が陸軍に出していた計画案はあまりいい内容ではなかったらしく国岡商店ならどうするか、と中原に質問をされます。鐵造と長谷部は石統の計画案の10分の1位の人員、さらに1週間で派遣できると回答。結果陸軍は国岡商店に石油配給業務を委託。石統は敗れる形となります。
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南方石油政策とはなんだったのか?
太平洋戦争が激しくなるにつれ、南方の占領地の石油をどう配給するかという問題に日本は直面していました。陸軍省の石油課長が変わったため挨拶に出向いた出光がその際に上記の配給の話をし、「今のやり方は非効率的だ。私なら配給を200人でやれる」と答えたそうです。
結果、それに石油課長が「よかろう」と賛同し、1942年の11月に出光が東南アジアに民需用石油配給要員を派遣。南方占領地の石油民需配給業務に従事することとなります
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映画でも史実通り国岡商店は南方へ人員を派遣。東雲や長谷部が南方現地へ乗り込むこととなります。
少し時が進み1945年春、鐵造が60歳。長谷部が一時的に日本へ帰国。鐵造に直近の報告をしたあと、とんぼ帰りする形で際陸軍の輸送機に同乗して南方基地へ帰ることとなります。
その際に敵機より攻撃を受け、長谷部ののっていた輸送機は墜落。鐵造は古くより使えてくれた店員を失うこととなります。長谷部を失ったことで深く悲しむ鐵造…
ここで回想が終わり、ようやく話が現在へと戻ります。鐵造の仕事部屋に長谷部の写真が飾られいる理由、そして今度こそメジャーに負けられないという強い思いはこのあたりからきている事がここでうかがえます。
念願の石油販売指定業者の資格を得た国岡商店。直後パシフィックス社より提携の話を持ち掛けられます。いい話に思えた提携でしたが、提携条件が株の50%譲渡と役員の数名を送り込こませるという条件を出され「これは提携ではない、買収だ!」と鐵造は猛反発。提携話はなかったことに。
次々とパシフィックスに買収されていく日本の業者石油。それに抵抗するため、国岡商店は巨大な石油タンカー「日承丸」を作ります。これで自前で世界各国から石油を仕入れることが可能となりました。「日承丸」入手後、輸入ガソリンを売り始めるようになるのですが
ロゴが出光ロゴににているのは、鐵造のモデルが出光さんだったからなんですね。ちなみに日承丸も出光の日章丸がモデルのようです。
日承丸のおかげで全てうまくいくかと思えましたがそこはライバルであるメジャーが許しません。国岡商店の仕入れ先をことごとくすべて潰しにかかってきます。結果国岡商店はついに石油の仕入れ先をすべて失います。
ついに廃業か…と思われていた国岡商店ですがここにきて鐵造はまたしてもとんでもない戦略でうってでます。それはメジャーの息のかかっていない地域からの石油輸入…イランとの石油取引を決意したのでありました。
ところがイランはブリティッシュ・イラニアン問題を抱えています。イランと取引をするということは
イギリスやアメリカを敵に回すことを意味していました。
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ブリティッシュ・イラニアン問題について
長く大英帝国の影響下にあったイラン。第二次世界大戦後に独立はしましたが、石油はイギリスに握られたままでした。その為イラン国にも国民にも利益が回らない状況になり、1951年に石油の国有化を宣言。もちろんイギリスは猛反発。中東に軍艦を派遣。石油を買い付けに来たタンカーを撃沈すると宣言したのです。
これを良しと思っていなかった出光佐三社長極秘裏に日章丸をイランに派遣することを決意。イラン到着後、マスメディアを通して世界中に事が知れ渡ることとなります。後に訴訟にまで発展し、「日章丸事件」として世に名前を残します。
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東雲と一悶着あったりもしましたが、日承丸はイランに出向。そして船長の盛田と乗組員達の強い決意のもと、無事イランに到着します。
日承丸がイランに到着した際の歓迎ぶりは見ているだけで胸が熱くなります。石油の輸入が成功すれば、イランの人々に一筋の光がもたらされるわけですから見ているこちらもうまくいくよう、ひたすら祈ってしまいました。結果、途中でイギリス船に見つかるものの船長盛田の機転で難を逃れ無事に帰国に成功。
世界中に注目されながらの帰国となりました。この際に鐵造の質疑応答がラジオで流れるのですが、長年敵対していた元石統・鳥川氏が「やりおったわあいつ」みたいな感じでほほ笑むシーンが印象に残ります
その後歳月は流れ…1981年。鐵造96歳。大勢の家族に囲まれながら天命を全うします。亡くなる直前に、前妻ユキのその後について語られますが離婚後もずっと鐵造と国岡商店を見守っていたユキに胸が締め付けられました。
そして最後の最後にでてくるこのシーンはずるい!長年国岡商店に努めた店員だけでなく途中無くなった長谷部や、離縁したユキも含めてるのがずるいわ…。ちょっと泣きそうになりました。
以上!「海賊とよばれた男」の長文感想日記でした。最初は興味本位で歴史とか調べ始めてたんですが調べてくうちに「そうだったのかー!」という発見があり書いてて楽しかったです。
最後に唯一疑問だったのが
…冒頭の月光出撃と墜落シーン必要ですかね?爆弾投下→燃える東京→それを眺める鐵造だけで十分話通じるのでは…?
わずか数分のシーンですが、私はわざわざここを撮った理由がわかりませんでした。柴田さんが「燃料が足りない…!」っていうのを言わせるためだけに撮った可能性がありますが、柴田さんの出番はここ1回っきりでこの後特に登場もしないし「燃料である石油を絶たれ石油をめぐる戦いに敗れた」という話も後に鐵造がするため柴田さんに言わせる理由があまりありません。そう考えるとやっぱり少し謎を残すシーンです。
出典・情報参考元
- 海賊とよばれた男(Wikipedia)
- 日本の歴史の面白さを紹介!日本史はくぶつかん
- 日本の歴史を分かりやすく解説『あの歴史の真相』
- 第7回 日米戦争のころ 南方の配給を任さる 軍の石油課長が話しに共鳴
- 日章丸事件(Wikipedia)
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